「副業・兼業」を許可するときに気を付けたい労務管理
副業・兼業に関する動向
2018年1月、厚生労働省の発表する【モデル就業規則】から、これまで記載されていた「副業の禁止」の項目が削除されました。2016年9月に日本でも業務提供が始まったUberEATS(ウーバーイーツ)など、個人がスマホひとつで仕事を完遂できるサービスの広まりをうけ、副業を希望する従業員は増加しています。
また、残業時間の抑制により所得が低減している社員への手当てという意味合いから、副業を『原則禁止』から『原則容認』とする会社は次第に増えているようです。
会社によって副業・兼業を認めるかは企業のもつカルチャーによるところが大きいでしょう。
社員の自主性・自律性を信頼し、社外の知識やノウハウを積極的に取り入れていこうとするか。
会社の終業時間のあと(あるいは始業時間の前)に余分な仕事をするよりも「本業に専念してくれ~」と思うのか。
メリットもデメリットもあるので、そこは会社の経営判断による部分ですが、以下では社員に副業・兼業を認める場合の留意点についてまとめます。
副業・兼業を認めるときに準備する書式

※就業規則の関連条文への記載や社員への周知などについては「すでに周知されたもの」として以下の説明をします。
1)社員から「副業許可申請書」を提出してもらう
社員からの申請に対して会社が許可を与えるという流れがよいでしょう。口頭での確認は当然だめですから、書面でもらいましょう。
- 副業先の業種(勤務先名称)
- 勤務予定場所
- 勤務する職種
- 労働時間、休日
などを記入してもらい、できれば裏付け資料として、副業先の求人票など勤務条件の分かるものを添えて提出させます。
2)「副業許可通知書」を交付
社員に記入させた「副業許可申請書」によって、 ライバル会社への就職 、本業の労務提供上の支障となる場合、企業秘密が漏洩する場合、会社の名誉・信用を損なう行為がある場合には許可申請を却下します。
それ以外、副業を許可し差支えのない場合は「副業許可通知書」を交付し、副業の業務内容などに変更があった際にはただちに会社に届ける旨の確約をし、あわせて会社の副業・兼業に関する規程を再通達します。
3)社員へのフォロー
のちほど述べますが、現在の労働基準法の解釈では、労働時間の管理については『本業+副業先を通算』することが求められています。
副業先に対して会社から直接勤務状況をきくことは現実的ではないので、労働時間に関しては社員の自己申告によるしかないでしょう。その際、時間の過少申告・過大申告を排除するため、タイムカードや給与明細を一緒に提出することを求めます。
“副業・兼業”そもそもの労働法の適用をチェック
まずは副業で仕事をする社員に、その雇用契約について確認してみましょう。その際には社員に記載してもらった「副業許可申請書」が役に立つでしょう。
ひとくちに「副業をしている」と言っても、労働基準法など労働法が適用される【雇用】に該当するか、それとも適用とならない【非雇用】に当たるかは、 仕事のしかたや報酬の受け取り方によって異なっています。
※労働者(社員)は「被雇用者」と表記するのが通例ですが、2018年1月発表の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(厚生労働省)の表記に合わせ、雇用・非雇用という表記のしかたをしています。
さらに、労働者の中でも労働基準法第41条2号で定められている「管理監督者」については、労働時間に関する規定が一部除外となっています。
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厚生労働省労働基準局「第1回柔軟な働き方に関する検討会 資料6」より
手っ取り早く副業ができる、コンビニ店員や飲食店スタッフなどは【雇用】に当たります。店舗など、副業先の事業場に直接出向いて、副業先の店長や上司からの命令、会社のマニュアルなどに従って仕事をする場合。これはわかりやすいですね。
対して、副業の新しい形として定着している“クラウドワークス”や“Lancers(ランサーズ)”などのクラウドソーシングサービスを用いての副業の場合、ほとんどの場合が『業務請負契約』にあたり、雇用には当たらず【非雇用】となります。※(上表の「フリーランサーなど」に該当)
※そのようなサービスを利用していても、サービスを形式上のみ利用し、労働法の規制から逃れようと脱法的な行為をする事業者も中には存在していると思います。
労働時間管理の意義
会社が労働時間を管理する意味合いは、大きく二つあります。
1、ひとつは、給与計算のため。
一日につき8時間/一週につき40時間を超えて労働をさせる場合には、時間外割増手当(残業代)の支払いが必要ですし、そもそも36協定を締結しないと残業を命じることも違法となってしまいます。
2、そしてもう一つが、社員の健康管理のため。
労働契約法(第5条)に「使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」とある通り、会社には社員に対する『安全配慮義務』が存在します。これだけ“働き方改革”が叫ばれ、社員に対するハラスメント問題等センシティブにならざるを得ない時勢となっていますから、「社員の健康管理は自己責任でしょ?」なんて言っている会社はないと思いますけどね、念のため。
1ヶ月(あるいは複数月の平均)の総労働時間・時間外労働時間・休日労働時間をもとに、会社が労働者安全衛生法上の配慮(時間外労働の制限、産業医の面談など)が必要かどうかの判断がなされるわけです。
副業が【非雇用】のものでも、副業先の労働時間把握が必要です
上記の表「働き方ごとの労働基準法(労働時間通算)適用関係」は、時間外割増賃金(あるいは36協定)の適用について〇×で示しているものです。
しかし前述したように、会社には社員に対する『安全配慮義務』があり、このブログの元ネタでもある厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」においても、いずれの形態の副業・兼業においても、長時間労働にならないよう(略)留意して行われることが必要である、と示されています(P4)。
リンクURL→厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」
まあ、厚労省のガイドラインがうんぬん言う前に、社員があまりにも寝不足で疲れているような顔をしていたら、普通、上長はどうしたの?と聞きますよね。

ランチ休憩中?終電逃した?
労働時間の通算規定とは
社員に副業・兼業を認める場合、具体的には労働時間をどのように把握管理していくのか?本業先と副業先が別の会社である場合、それぞれが労働時間数をカウントしていけば足りるのでしょうか。
現在のところ、以下の法条文等により、本業・副業の会社が違う場合でも“労働時間のリセット”をしないということになっています。
事業場とは、本店・支店など会社に複数拠点ある場合のそれぞれの拠点を指します。事業主を異にするとは、経営者がそれぞれ別の人であるということです。
労働基準法が成立したのが昭和22年で、通達によって法解釈を加えたのがその翌年ということになります。昭和23年というと、今から70年以上も昔のこと。当時は現在のように多様な働き方はなかったでしょうから、仕事をかけもちする人も少数派だったことでしょう。
時間外労働にあたるのは?
会社には社員の健康状態を心配する『安全配慮義務』があるため、副業先の労働契約がどんなものであろうと、会社は社員の副業先での労働時間を把握する必要があるという話をしました。
とはいえ、やっぱり気になるのは時間外割増手当(残業代)を本業・副業先のどっちが払うの?というところですよね。
厚生労働省の (2018年1月) 「副業・兼業の促進に関するガイドライン」パンフレットには、具体的な事例をあげて割増賃金の支払いが必要な会社に関する説明が記載してあります。
〔例〕事業主Aのもとで働いていた労働者が、後から事業主Bと労働契約を締結し労働時間を通算した結果、法定時間外労働に該当するに至った場合、事業主Bに法定の割増賃金の支払い義務があります。
(後から契約を締結する事業主は、その労働者が他の事業場で労働していることを確認したうえで、契約を締結すべきとの考え方によるものです。)
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」パンフレット p6
この場合、事業主Bは【3時間分の通常時給】+【1時間分の(通常時給+割増時給)】を支払うことになります。
厚労省では、「副業・兼業の促進に関するガイドラインQ&A」というQ&Aを補足資料として発表しています。そちらでもいくつか事例がありますので、簡単に紹介します。
以下にあげる図の中では赤枠囲み部分が、法定時間外労働にあたる部分です。
パターンA
パターンAは、シンプル。本業会社をフルタイム勤務したのち、副業を行う場合。
- 甲事業場(労働契約が先に成立した方=本業とお考え下さい)
- 乙事業場(後から労働契約を結んだ方=副業とお考え下さい)
パターンB
パターンBは本業・副業先でともに本来の労働時間を超えて残業がある場合。

パターンC
パターンCは、少し複雑。本業と副業先を合わせて一日8時間の法定時間となる労働契約を結んだ場合、本業会社で残業が発生した際には時間外割増手当の支払いは本業会社が行うことになります。労働契約を後から結んだ方が必ずしも時間外割増手当を支払うわけではないのです。

……いやになってきますね。私は面倒くさがりで細かいことを気にしない性格なので、こういうの大嫌いです。
社労士をしてなかったら「こんな複雑なルール、し~らないッ、ぷん!」ですよ。
これで正しく労働時間管理ができる・・?
労働時間を正しく管理するにあたり、時間外労働に関する留意点は、実はこれだけにとどまりません。
法定時間外労働のほか、「法定休日労働」も考慮しなければなりません。
社員が副業・兼業する際の法定休日労働については、面倒なので字で読むのはつらいでしょうから、割愛させていただきます。
(※法定休日労働とは何?については、今後別記事を作成する予定です)
まとめるよ

主に労働時間管理の側面から、副業・兼業をさせる場合の注意点について述べてきました。
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副業・兼業を『原則容認』とする流れになっており、厚労省ではモデル就業規則を変更したりガイドラインを発表するなど、政府も副業・兼業を後押ししている
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副業にもさまざまな労働契約の形式があり、社員には申請書や通知書など、書面での裏付け確認作業が必要
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労働時間には通算する規定がある。副業先での労働時間を把握しないと正しい労務管理(給与計算・健康管理)ができない
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労働時間が一日8時間を超えなくても、時間外割増手当の支払い義務が生じる場合がある
副業・兼業における労働時間管理の他の注意点としては
- 労働者災害(あるいは通勤災害)が起こった場合、本業・副業先どちらでどのように適用するのか
- 雇用保険、社会保険の加入について
- 情報漏洩のリスクをどのように考えるのか
などなど、会社が考慮する点は多々あります。(これらの観点からの会社の対応法については、また別の機会に書こうと思います。)
参考記事:副業(複業)・兼業者の労災給付額が増えるらしいが、正しい手続きはどうするのか
おわりに
厚生労働省のまとめたガイドライン等を読んでも、判断できないグレーゾーンがたくさんあります。
例えば、早朝に「後から契約した会社」で働いた後、「先に契約した会社」で働くことをどう考えるか。在宅勤務を行っている者が“中抜け”をして、別の会社での業務を行っている場合はどうするのか。適正に給与計算を行うためには、一日一日の労働時間の把握が必要になるが、事務量の増大が予想され、現実的ではないのではないか。
また、労働時間の把握を社員の自己申告に頼るしかないとすれば、時間数を過大・過少に申告する者が出ることも予想されます。
雇用関係が流動化して新しい働き方がつぎつぎと生じるなか、今から70年以上前に成立した法律をそのまま運用して、会社も社員も働きやすい仕組みと言えるのでしょうか。かなり無理があるというのが率直な気持ちです。
2019年7月現在、厚労省でも【副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会】が進んでおり、今後の発表が待たれます。
footnote/more information
厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」
参考書籍:『企業のための副業・兼業労務ハンドブック』日本法令、田村裕一郎(編集代表)