【2019年4月法改正:③】高度プロフェッショナル制度
はじめに(中小企業は高プロ制度をどう受け止めればよいか)
一見、中小企業には関係ない制度です。が…
高度プロフェッショナル制度(社労士業界では“高プロ”と略してます)、今回の法改正の中では、中小企業には一番縁遠い改正内容だな、そう思いますよね。はい、私もそう思います。改正内容だけ見れば。
なぜならば、適用される社員には相当きびしい制約があるからです。
一番はじめに目がいくのは「年収1075万円以上」の部分ではないでしょうか。
「わが社にそんな高給取りはいない!(社長である私だってそんなに報酬もらってないし…ぶつぶつ)」
そのようにぼやく社長さん、結構いらっしゃいます。笑
この高プロ制度、アメリカの「ホワイトカラーエグゼンプション」制度をたたき台に政府、経団連と連合など関係団体の間で10年以上議論し続け、結果「残業代ゼロ法案」や「働かせ放題制度」などとあげつらわれ、デメリットばかりが印象に残っている方が多いかもしれませんね。
高プロ制度として法案が通過した際、私は「あぁ、ホワイトカラーエグゼンプションが一応こういう形で落ち着いたのね」と少し拍子抜けした気持ちで受け止めていました。中小企業では全く出番がないだろうな、いるようないらないようなビミョーな制度だし、あぁ本当にやるの?…というのが正直な感じです。
しかし、適用要件である「相当の高収入」をわきに置いておけば、人事評価を“労働時間の長短”で行うのではなく、“成果”にフォーカスして評価するという制度の成立骨子については、中小企業の中にも利用したいと考えている事業主はいるかもしれない。そう考え、今回題材としてとりあげました。
「労働時間制度」から解放されたい、と考えたことはありませんか
経営者であれば、誰しも次のように考えたことがあるのではないでしょうか。
「社員の給与を労働時間で計算するのではなく、成果に応じて適正に給与を支払いたい。成果を上げる社員にはとことん多い給与を払い、許されるのであればダメ社員は評価を下げ、給与は少なく払いたい(特に営業職)。評価に差をつけ、給与にもそれを反映し、会社側・経営側の意思を示したい。」
そこまで尖った(?)考えではなくマイルドな性質の社長さんでも、「残業代を稼ごうと無駄な長時間勤務をしている社員を減らしたい。機会があるたび、就業時間内に業務を終えるよう業務命令はしているし、残業するほどの仕事は頼んでいない。それでも社員が無駄(と思える)な残業を行うのは、なぜ…?う~ん分からない…」というふうに感じたことがあるかもしれません。
しかし、そんな風に考えていても、今の人事制度ではそれができなく、もどかしい。
結局、基本給+諸手当+残業時間に応じた残業代の支払いで落とし前をつけざるを得ない。(本音では、成果に応じた給与を支払いたい、労働時間をもとに計算する給与を支払うことをやめたいのに…)
高プロ制度を実現するのは人件費を考えても、まず無理。だけど叶うのであれば、わが社の評価制度を時間給から成果給へ変更したい!
そんな社長さんに今回は読んでいただきたい内容です。
高度プロフェッショナル制度とは
「2019年4月~法改正情報を解説する」というシリーズ故、改正内容については外せませんので、「わが社には関係ない」と思ってもさらっと読んでみてください。
ちなみに、他の働き方改革関連法にご興味があれば、お時間の許す限り、こちらの記事をお読みくださいますと幸いです。
以下、高プロ制度の内容詳細については次の資料をもとにしております。
適用の要件
- 労使委員会を設置
- 労使委員会で「対象業務、年間104日以上の休日を与えること、同意をしなかった労働者に不利な扱いをしないこと」などの決議をすること
- 労使委員会の決議事項を労働基準監督署長に届け出る
- 対象労働者の同意を書面で得る
- 対象労働者の健康管理時間や休日の状況などを労働基準監督署に定期報告する
制度を適用するとどのような効果があるか
高プロ制度は、労働基準法第41条の2に規定されています。労基法41条といえば、管理職や秘書など“経営に関わる業務”に従事するものとして労働時間制度の適用除外になるものに関する条文です。
「管理職には残業代も休日出勤手当も出さない」という扱いをしている会社さんも中にはあるかもしれません。(この扱いに関する適法性についてはfootnoteに簡単に記載します、)その根拠条文となるのが労基法41条です。
その、41条“の2”として新設されたという点で考えると、効果がわかりやすいかもしれません。
高い専門性を活かした業務にあたらせ、時間の配分や休息のとりかたなど業務の進め方全てを任せ、それに見合った高報酬を支払いさえすれば、経営者は給与計算に関していっさいの労働時間管理から解放される。
逆に言うと、いっさいの時間外手当を不要とする扱いをするためには、対象者は「高報酬+法施行規則で限定列挙された業務」であり、そのうえ、手続きとして「労使委員会の決議+本人同意」という二重のフィルターを通過する必要がある。
そこまで厳密性を求められるものです。
ちなみに、“の2”がつかない労基法41条で規定される管理監督者、機密の業務に携わるものについては≪労働時間、休憩、休日の割増賃金≫に関する規定が適用されず、深夜の割増賃金については適用されることとなっています。(高プロの場合は、加えて深夜労働に関しても適用されない)
裁量労働制との関係
高プロ制度が成立する以前から、似たような制度として労働基準法には「裁量労働制」制度がありました。裁量労働制はさらに①専門業務型裁量労働制(労働基準法第38条の3)、②企画業務型裁量労働制(労働基準法第38条の4)に区分されます。
専門・企画業務型裁量労働制と高プロとの共通点
専門業務型・企画業務型いずれにしても、
- 対象となる業務が限定的であるという点
- 会社の都合のみでは運用できない点(労使協定あるいは労使委員会の決議を労働基準監督署に届け出る必要あり)
- 実際の業務にあたって、会社は具体的な指示を与えないこと
といった点が高プロとの共通点です。
専門・企画業務型裁量労働制と高プロとの相違点
- 収入の要件がない
- 裁量労働制は「一日の労働時間について『みなし労働時間』を決める制度」であり、時間外労働については時間外手当等が必要となる。
という点です。
専門業務型・企画業務型裁量労働制での給与計算はこのような感じです
高プロとの共通点・相違点をあげるだけでは少しわかりにくいので、給与計算(残業代計算)にしぼって簡単に概念を説明しますね。
例えば、一日あたりの『みなし労働時間』を「一日8時間」とし、対応する日給を1万円とします。前提として、8時間以内に終わると見込める業務量の仕事を社員の裁量で進めてもらう。
●月●日は7時間で終わりました。しかし、●月▲日は8時間30分かかってしまいました。
この場合の給与計算は●月●日(7時間で終わった日)も●月▲日(8時間30分かかった日)も、それぞれ1万円払えば済むこととなります。
「8時間30分かかった、●月▲日の残業代は?」と思いますよね。結論としては『いらない』のです。
…ちょっと待って、さっき“時間外手当必要”って言ったじゃん!
それは、例えば一日あたりの『みなし労働時間』を「一日8時間30分」とした場合の話です。この場合『8時間分の給与+30分分の時間外割増手当を含む給与』を日給として10,782円(例:@1,250×8+@1,250×0.5×1.25)支払うという労働契約にするのが適正といえるでしょう。
そしてその場合、7時間で終わった日も、10時間かかってしまった日も、同じ日給10,782円を支払えば済むということになります。
裁量労働制を上手に活用すれば、時間での計算ではなく、成果を反映させた給与計算ができることがご理解いただけたでしょうか。
ここでの一番のポイントは『みなし労働時間』とそれに見合った業務量、成果として評価する業務の完成レベルの設定です。あまりに度を越して多くの業務や高い完成度を社員に求めてしまうと、監督行政が“裁量労働制を適正に運用していない=つまり無効”と判断することになってしまいます。
タニタの「社員の個人事業主化」制度について
究極の高プロ制度の実現方法として、株式会社タニタが2017年から制度化している「個人事業主化制度」を、そのひとつに位置付けてよいのかもしれません。
体重計のTANITA、あのヘルシーレシピの“タニタ食堂”のタニタで取り組んでいる施策で、ネットのニュースサイト等でもしばしば取り上げられているので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
『タニタの働き方革命』(谷田千里著・日本経済新聞出版社)には、タニタの取り組む「個人事業主化制度」が詳しく書かれています。(「個人事業主化制度」ではなく、タニタでは「日本活性化プロジェクト」と称しています)
この本を読むと、会社のためになると同時に社員のためになる制度とするため、とても丁寧に、細かい部分まで考えて作りこみ、社員への説明に心を砕いた様子がよくわかります。
決して「社員を解雇しやすくするため」「仕事を押し付けて、時間関係なく働かせるだけ働かせるため」などという思いで制度を始めたわけではなく、社員が会社への忖度や周囲への遠慮などにとらわれることなく、いきいきと仕事をするためにどのようにすればよいのか、という思いから始められたそうです。
どうしたら、優秀な社員にタニタで働き続けてもらうことができるのかーーー。
私が考えたのは、彼らの「報われ感」を最大にするという方策です。
『タニタの働き方革命』より
運用に至るプロセスは丁寧で練られたものですが、仕組みやアイデアそのものは単純です。(それ故に誤解が多いものと思われます)
社員が「活性化プロジェクトメンバー」として、これまで会社で担当していた業務を基本業務として【雇用契約】ではなく【業務請負契約】を締結する。すると社員の身分は「労働者」「被雇用者」ではなく「個人事業主」となるため、労働法の適用を受けることがなくなります。
それは社員の「時間管理」そのものがなくなることを意味します。したがって前述したように、”究極の高プロ制度の実現方法のひとつ”と言えるのです。
『タニタの働き方革命』については、同じような制度設計を考えているという社長さん等に向けて、どのような点が問題としてあげられるかなど、こちらの記事で取り上げていますので、お時間の許す方は読んでみてくださいね。
おわりに
『経営の神様』と呼ばれる松下電器産業(現パナソニック)の松下幸之助さんにも、「社員は社員稼業の社長である」という言葉があります。
社員が主体性を持ち仕事に取り組むことが、会社のためにもなり、社会のためになるという考えは、高度プロフェッショナル制度やタニタの個人事業主化制度などずっと以前からあるわけです。≪社長さんの理想とする会社≫あるいは≪理想的な社員像≫は昔からそう変わっていないのかもしれませんね。
変わってきたのは、法制度など会社をとりまく環境といえるでしょう。
高プロ制度は、もともとは「高い能力で成果を上げさえすれば、たとえ労働時間が短くとも決まった給与を与える」という部分から法制度化の検討がはじまったものの、いつしか「残業代を払わなくても釣り合いそうな条件はどのような労働条件だろうか」というところに落ち着いてしまったようで、骨抜き感が否めません。
法改正の変遷やどの程度の基準を守ればコンプライアンス遵守といえるか、労働判例や監督行政の指針はどのようなものか、社長さんが考えるより、職場環境整備に必要な知識は複雑になっています。法の精神にのっとりながら、適正に労務管理をし納得のいく職場環境をつくっていく際には、ぜひ社労士などの専門家にご相談くださいね。
footnote/more information
・厚生労働省『高度プロフェッショナル制度 わかりやすい解説』
・「管理職には残業代も休日出勤手当も出さない」が適正かどうかについては、以下のパンフレットをご覧ください。